才能と努力と環境⑧

ブログを御覧いただきありがとうございます。

津軽三味線奏者の佐藤壽治です。

 

 

今日も環境問題。 

 

師匠から示される教材の問題です。教材には演奏する音と聴いてもらうための、「音源と譜面」が必要だと私は考えてます。

 

自分自身の演奏はもちろん、お手本用の演奏なども様々な状況に応じたものを作らないといけません。

 

私が用意しているのは、合奏をしたとしてMAXスピードの音源を最初に渡します。その時に『これ以上速くなったら合奏として破綻します』と言葉を付け加えます。

 

 

そしてお稽古の時はゆーーーっくり演奏したものを用意したりします。音源は進捗状況によっていろいろ変わりますし、その時の腕前で変えていきます。

 

慣れてきた人にいつまでも初心者用の演奏を続けてもらっても発展がありませんし、より津軽三味線のおもしろさを理解してもらえないといけません。多少生徒さんが難しいものをいやがったとしても、そういったものを用意しないといけないと思います。

 

 

自分自身が正しい存在でありたいですが、そうはなりません。津軽民謡の伴奏のほとんどは高橋竹山という人によって手掛けられ、世に出ています。つまり高橋竹山という人の音と間を参考にしないといけません。

 

では、高橋竹山になれますか?なりますか?という事。

なれるわけがありません。

 

しかし音源というものがあるので、生徒さんに伝える事が出来ます。現代の奏者や名人と呼ばれた先達の音源を聴いてもらう事で、わたし自身よりさらに高みへ向かってくれればと願っています。

 

 

ところがです。

中にはこれら教材が無い先生もいます。

特に譜面はほぼ皆無です。

 

うちの先生世代のひとだと無い先生の方が多く、教材を用意してるひとを探す方がむずかしかったはずです。

 

 

今、目の前にある教材たちはどんな想いで作られたものなのでしょう。あなたの師匠がもしかしたら教材の無い苦しみを生徒さんには感じさせないようにと用意したものかもしれません。

 

上手な演奏者(師匠)は山ほどいます。

しかし生徒さんが上手になる環境を整えてくれるかどうかは別です。

 

こわいですね〜。

 

ではまた。