才能と努力と環境④

ブログを御覧いただきありがとうございます。

津軽三味線奏者の佐藤壽治です。

 

 

今日は努力について。

 

 

お稽古に努力は付き物です。才能があるからといって、お稽古しないとある程度まではいきますが、それ以上はうまくはなりません。

 

才能は磨かないと、なんて話を聞いたことがあると思います。それですね。

 

 

才能があるひとが努力すると、とんでもない事が起きます。その様を指して「天才」と評価するわけですが、世の中で出回っている最近の「天才」はどうも違うようで・・・。

 

 

お稽古しなくても出来る人の事を天才と称し、称された人はあたかも努力していないように振舞うのが当たり前になっているようです。見る人が見れば努力のかけらがそこら中に転がって見えてるのにあえて触れないのが善いようです。

 

『勘違いはメディアが作る』

 

わたしはそう思ってます。

 

ろうそくの火を消さずに声を出す練習をしたひとのお話なんてのもありました。吹雪の雪原を三味線抱えて歩くとかもやり過ぎもいいところです。声だしゃ息は出るし、津軽の冬の寒さなめてんのか、と言いたいですね。

 

しかし大衆はメディアを信じるのです。真実を伝えているメディアもありますが、虚飾したものを伝えているメディアもたるのが業界の残念なところ。その結果生まれるものがどんなものになるか想像できますよね。

 

 

【無駄な努力、正しい努力】

 

 

無駄な努力は誰もがしたくないのですが、そうなっている事もあります。努力は正しくしないといけません。そして周りの人はその努力を正しく導かなくてはなりません。 

 

人の才能が磨かれるためには本人と、周りの人の協力が必要なのです。本人の研鑽と周りの人の協力を合わせて努力と言うのです。

 

続きはまた明日。